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金売吉次兄弟の墓の道標

正面
 


名称 金売吉次兄弟の墓の道標 所在地

白河市白坂皮籠

造立年月日 大正5年(1916)8月

経緯度

北緯37度5分41秒、東経140度11分52秒

形状(高・幅・厚) 89・21・21cm 文献  
銘文

[正面]
金賣吉次兄弟古墳
[左]
從是 三丁字皮籠有志一同
[右]
發起人 粂井粂三郎
[裏面]
大正五年八月吉日建設

備考

治承年間(1177-80)、強賊藤沢太郎 承安4年(1174)吉次兄弟が砂金を交易して奥州平泉と京とを往来する途中、この地 葭野宿で 強賊藤沢太郎入道に襲われ殺害された。里人はそれを憐れみここに葬り供養した。後に源義経がここに立ち寄り、吉次兄弟の墓を弔い、その霊を近くの八幡神宮に合祀したと伝えられている。 なお、強賊が砂金を奪い砂金の入っていた 皮葛籠を捨てたので皮籠村という名前になったそうだ。



現在の道標の所在地図