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関谷上町の道標

正面 


名称 関谷上町の道標
所在地
那須塩原市関谷上町 山下地区 君島宅裏
造立年月日 不明
経緯度
北緯36度57分12秒,東経139度53分51秒
形状(高・幅・厚)  72・28・20cm 文献   「道標」 1号  関谷郷土研究会
銘文

[正面]
  右 やま
          道
  左 塩原

備考

住居のすぐ脇が土手になっており、享和2年の二十三夜塔、嘉永7年の湯殿山、安政5年の白湯山の大きな塔碑が並んでいる。その隣に土手とコンクリートブロックに挟まれるように「右 やま道 左 塩原道」道標がある。M17年三島三方道路(三島新道・塩原街道、関谷道の駅前のバイパスができ、旧道と呼ばれている)が開削される以前は、この石仏群の前を塩原へ向かう道が通っていたという。上町三叉路から少しずれた現在の関谷小学校方面に向かう道が、いわゆる「大田原道」である。街道は三叉路の大田原道出口から真っ直ぐに伸びていたようだ。白湯山は高さが202cmあり、関谷宿においても信仰が深かったことを物語る。大きな石仏の裏手にも延享元年の寒念仏、明和年間の日記念仏などがある。
関谷宿の成立は、天和3年の日光大地震で男鹿川がせき止められ、会津西街道が遮断された代替道として使われるようになった「塩原通り」の成立時に、街道筋に住居を移したことから始まる。それ以前は現在も「元屋敷」と呼ばれる山沿いの地区に集落があった。


住居のすぐ横に大きな石仏が並ぶ
大きな石仏の裏の石仏
石仏群の前を旧街道が通っていた
所在地地図


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