銘文 |
右 大□□
天保六年
馬頭観世□
子七月吉日
左 日□
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備考 |
塔碑がコンクリートで固定されており、根本部分の文字が埋まって読めない。銘文は「右 日光 左 大田原」であることは間違いない。現在高性寺の前を旧日光北街道が通っているが、高性寺の裏の小道が原街道槻沢通りで、この付近が合流点であったようだ。松尾芭蕉・曽良一行が元禄2年(1689)黒羽に向かう際に日光北街道でこの地を通過している。
高性寺は弘安4年(1281)長蓮社高誉上人の開基といわれ、境内に推定樹齢700年の名木「高性寺のカヤ」がある。 |