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原中の那須権現一の鳥居

     
 
 
     
 
名称 原中の那須権現一の鳥居 所在地 福島県西郷村 小田倉原中
文献  
経緯度
 
説明

那須茶臼岳は、西郷・白河方面の人々にとっても信仰の山であった。講を組み、五穀豊穣、病息災祈願、あるいは成人の儀式として参詣をする慣習が存在した。西郷・白河方面からの参詣は、「湯本口」からお参りする「高湯山」のほうが近いはずだが、「三斗小屋口」側からお参りする「白湯山」の塔碑も存在する。湯本口へは、原街道で大清水まで行き、大沢に向かう白河道を通って道路の拡幅工事を行った際に一の鳥居の復元工事を行った。下は現地の那須権現信仰に関する塔碑一覧表と、現地にある復元工事の記念碑である。

 
 
   
 
 
那須権現一の鳥居の塔碑
名称

造立年月日

形状(高・幅・厚)

原中の白湯山大権現(日光山大権現) 文化2年(1805) 204・100・22 cm
原中の高湯山大権現1 天保6年(1835)7月 242・147・147 cm
原中の高湯山大権現2 安政3年(1856)10月 184・45・42 cm
大鳥居    
那須権現一の鳥居復元記念碑   109・82 cm
 
 

那須権現一の鳥居復元記念碑

 
     
 
 
     
 
名称 那須権現一の鳥居復元記念碑 所在地 西郷村 小田倉原中 高湯山一の鳥居
造立年月日   経緯度  
形状(高・幅・厚) 109・82 cm 文献  
銘文

[表]
那須権現一の鳥居復元記念碑
往昔、我々の祖先はこの一の鳥居を
潜るのを第一歩として那須茶臼岳西
側に鎮座する那須権現に五穀豊穣
病息災祈願の参詣をするのを慣□
とした。昭和五十五年□道□幅工事
を機としてこの遺跡を復元せんと
白河市 矢上二郎
昭和四十五年

[裏]

 

前の塔碑

那須嶽信仰関連年表 □ 原中の那須権現一の鳥居 □ 原中一の鳥居内配置図
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